矢野智徳さんの「大地の再生講座」
~見立て編(基礎講座)~in石川県羽咋市(2016/4/10)
かつて、道路や家屋の土台など、人の住環境は石や木などの自然の素材でつくられており、土の中には“水や空気の通り道”があった。しかし、現在はアスファルトやコンクリートで密閉され、その通り道が塞がれている。呼吸のできなくなった土が原因で、植物の根が痛み、保水機能が損なわれ “地力”が失われていく。
『自然栽培 vol.4』にも登場した「杜の園芸」代表 矢野智徳(やの とものり)さんはそうした状況を憂い、多くの人に伝えるために、「大地の再生講座」を全国で実施している。今回、石川県羽咋市の圃場(ほじょう)で、土地の改善点について“見立て”を行う基礎講座が開催された。
■あらゆる地図から「水脈」を読み解く
矢野さんが土地の見立ての前に必ず行うことは、数種類の地図からその土地の水や空気の通り道である“水脈環境”を知ることだ。
一般的な地図である「地形図」を見ると、今回の圃場は谷間にあるダムのすぐ下に位置している。次に、源流から河口までを図化した「地形水系図」から水の流れをたどると、ダムから田畑を経て河川へと流れ込み海へと注いでいる。さらに広域の地形図から見た羽咋市は、能登半島に斜めに走る地溝帯によってつくられた“潟地形”という特異な地形であることがわかる。
このように細部を見ることと、広い視点で見た情報の両方を合わせることで、その土地の地中の水脈環境が浮かび上がる。
■圃場の再生のカギをにぎる「ダム」の再生
今回の圃場は入り込む冷水が原因となり農作物の生育が遅れることが課題であると耕作者は考えている。この土地の見立てにあたり、矢野さんは圃場だけではなく、取り巻く環境を見て、こう言った。「ダムがこの谷の植生を壊している」。参加者は息をのんだ。振り返ると、そこには廃墟のようなダムがあった。
ダムの奥まで行き様子を観察してみると、ダムの淵に堆積した土壌には立ち枯れて幹だけが残った木が点在していた。その土を掘り起こすと目詰まりして空気も水も通さない灰色の「グライ土壌」だった。私たちのいる場所から、ダムの堤(その向こうに圃場が位置している)までは草が生えておらず、矢野さんによれば「水も空気も淀んでいる」という。原因は堤の土がきつく締まっているために、空気や水の通り道が絶たれてしまったこと。それにより、ダムに貯まった淀んだ水が漏れ出てくるために、農作物が影響を受けることになる。
矢野さんから示された解決策は二つある。一つ目は「ダムを有機的な状態に戻すこと」。
具体的には、ダムの横道にあるぬかるんだ箇所の水切りをすることや、堆積したグライ土壌上の水の流れに「点穴」を掘りその速さを緩やかにすることで空気と水の通り道をつくる。それにより土壌を下草や湿地植物が覆う状態にしていく。
二つ目は「圃場に温度が調整される水脈環境をつくること」。現在は一枚の大きな圃場として整備されているが、新たに畦をつくるなどして段々畑のように水を巡らせ温度調整ができるようにする。また、繁茂した圃場横の溝の草を刈り、詰まった土を取り除くなど地上の環境を改善することで、地中の環境も改善していく。
このような小さな改善を自然の反応を見ながら進めることが大事だと矢野さんはいう。
現代土木は自然の力に対して、大型重機を使い“より強い力”で征服しようとしてきた。矢野さんは“スコップ一本と観察力”で対峙する。今回の講座をきっかけに、参加者が身近なところからコツコツと自然との対話を始めていく。こうして多くの大地が息を吹き返していくことだろう。(取材・文/髙橋直子)
矢野智徳(やの とものり)
造園家・環境再生士。1956年、福岡県北九州市生まれ。実家が植物園だったので、草木に囲まれて育つ。東京都立大学において理学部地理学科・自然地理を専攻。全国を放浪して自然環境への造詣を深め、84年、「矢野園芸」を設立。95年の阪神淡路大震災によって被害を受けた庭園の樹勢回復作業を行うなかで、大量の瓦礫がゴミに出されるのを見て、環境改善施工の新たな手法に取り組む。99年、元日本地理学会会長の中村和郎教授をはじめ理解者とともに、環境NPO「杜の会」を設立。現代土木建築工法の裏に潜む環境問題にメスを入れ、その改善予防を提案。在住する山梨県を中心に、足元の住環境から山奥の自然環境の改善までを、実践作業を通して学ぶ「大地の再生講座」を開講中。
杜の園芸(「大地の再生講座」日程)